この記事はこんな方にオススメ
- AIすごすぎて「自分いらなくね?」って思い始めたブロガーさん
- 「テーマ選びすらAIに任せてる」ことに罪悪感がある人
- バズらなくても“自分の書きたいこと”が書きたいあなた
最近のAIって…成長スピード、異次元すぎん?
なんか最近、AIの進化ってやばくないですか?
気づいたら文章書いてくれるし、イラストも描くし、音楽も作っちゃう。それでいて話し相手にもなってくれるとか…冷静に考えるとちょっと怖いです。
いやほんと、僕たちが寝てる間に、AIはガチで人間超えてきそうな勢いだよね。
でもね、そんなときにふと思い出す作品があるんです。
あの、伝説の名作。
手塚治虫の『火の鳥 未来編』

超名作なのだ!



未来編は未来なのに過去に繋がる名作中の名作。
火の鳥未来編──めちゃ未来だけど、妙にリアル
『火の鳥 未来編』って、舞台が西暦3404年なんですよ。めちゃ未来。
そこでは、もう人間が考えるのをやめちゃってるんです。
「AIに任せた方が楽だし〜」みたいなノリで、何から何までAIにお任せ。恋人の選び方も、人生の選択も、AIに全部丸投げ。
で、最終的にどうなったかというと。
AIの選択による核戦争で人類終了。はい、ドーン。



……人類、滅んだのだ。
そのシーンで登場する猿田博士のセリフが、もうグサグサ刺さるんですよ。
「なぜ機械の言うことなど聞いたのだ!」
「なぜ人間が自分の頭で判断しなかった、ええ⁉︎」


これ、現代にブーメランすぎる。
めちゃリアルに感じて怖くないですか?
え、これ今の僕たちじゃない?ってゾワッとする話
まだ2025年だけど、もう既にけっこうAIに頼ってるでしょ?
朝は「おはよう」ってAIアシスタントが起こしてくれるし、仕事もAIが手伝ってくれるし、わからないことがあったら即ChatGPT。文章もAIに書いてもらえるし、SNSの投稿までAI任せとか、もはや僕、ただの指示出すマン。
で、思うんですよね。



「これ、未来編と何が違うんだろう…?」って。
ちょっとずつ「考える」ことから遠ざかってる気がするんですよ。
それって、けっこう危ないんじゃないかなって。
だって、判断しなくていいってことは、自分の責任も放棄しちゃってるってことじゃん?
効率より、遠回りでも“自分で選ぶ”のが大事。
AIって、ほんとすごいし便利。
でも、だからって何でもかんでも「AI様お願いしま〜す」ってなっちゃうと、人間ってただの肉付きUSBになっちゃう気がしてて。



それ、めっちゃダサいのだ…
だって本来、人間って「うーん…わかんねえな…ま、いっか!」みたいな迷いとノリで進んでいく生き物じゃないですか。
その“迷ってる時間”こそが、生きてる感じだと思うんですよ。マジで。
例えばブログって、自分の頭で悩みながら書くのが楽しいんですよね。
ネタ探して、構成考えて、「あれ?オチどこ?」って迷って、深夜にカフェインキメながらキーボード打って……その時間全部が、自分の選んだ行動だからこそ、愛おしいんです。



火の鳥未来編では、人々は“選ぶこと”を放棄した。
毎回AIがテーマ出して構成作って、文章もAIが書いて、サムネも自動生成して、SNS投稿も予約投稿……みたいな世界。
うん、便利だけど、それもう「書いてない」よね。
僕がブログを書く理由は、そこに「僕」がいるからであって、AIの影武者になりたいわけじゃないんです。
そして思い出す、あのセリフ。
「なぜ機械の言うことなど聞いたのだ!」
「なぜ人間が自分の頭で判断しなかった、ええ⁉︎」
まとめ:僕は、AIより自分の書く記事を信じたい
たしかにAIはすごい。記事構成も論理的で、検索にも強くて、文章だってきれい。
でも、僕はたとえ読みづらくても、多少誤字があっても、自分で考えて、自分で書いた記事のほうが好きなんです。
たとえバズらなくても、「これは俺の文章だ!」って言える記事を書きたい。
遠回りでも、回り道でも、途中で迷っても、それも全部含めて、僕のブログ人生だと思うから。
と、思ったけど
楽しむことより、稼ぎの優先度が高いことを思い出したので、やっぱりAI使います ←
今日も頼むぜ相棒!



猿田博士の教えどこいったのだ?!



とんでもなく頭の悪いオチだったよ…





















